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本日はドイツの芸術家オスカー・シュレンマー氏の生誕130周年記念のロゴデザインでした。


 2018年9月4日は「オスカー・シュレンマー 生誕130周年」という事でロゴのデザインが変化しました、この人物はドイツの芸術家で絵画、彫刻、さらに舞台芸術家です。彼はドイツのシュトゥットガルトに6人兄弟の末っ子として生まれ、両親が早く世を去ったので、兄弟たちは独立することなく余儀なくされました。オスカーも1903年には独立しており、装飾の仕事の見習いとして働いてました。その後、職業芸術学校で、ドイツの風景画家などから芸術を学びました。そして、同じくドイツ画家のアドルフ・ヘルツェルという人物の弟子となり、さらに芸術を学びました。ですが、その技術は芸術家として名を馳せる前に、第一次世界大戦で従軍した際に軍事作図部隊で発揮されることになりました。
 ですが、戦後は彫刻の制作もはじめ、結婚後は総合芸術学校で働くなど、芸術家として活動できるようになりました。やがて、前衛的で奇抜なデザインの衣装をきたダンサーによる上演されて、これが話題となり、音楽家のイゴール・イゴール・ストラヴィンスキー氏と共に様々な舞台芸術を手掛けることになります。ですが、ドイツでナチスの影響が強くなると共にドイツでの活動は難しくなり、スイスの国境近くへ移住する事になります。そんな彼が数多く残したのが、「人間とはなにか」というテーマの作品だそうです。そんな本日のロゴは、彼を話題にしたバレエがモチーフになったデザインになっています。
| 23:56 | comments(0) |

本日はクリケットの選手ドナルド・ブラッドマン氏の生誕110周年を記念したロゴデザインでした。


 2018年8月27日は「ドラルド・ブラッドマン 生誕110周年」という事でロゴのデザインが変化しました、この方はオーストラリアのクリケット、イングランドが発祥とされるバットとボールを使ったスポーツ選手です。生まれはニューサウスウェールズ州ですが、元々はイギリスからの移り住んだ人々の家系だったそうです。そのためか、子供の頃からゴルフボールを使って1人でクリケットの練習をしていたそうで、湾曲した水槽に向かってボールを打って、跳ね返ってきたボールを打ち返すのを繰り返したいました。これは彼の打撃技術を向上させることになり、この練習のおかげで彼は地元のチームでプレイして、僅か19歳で国内ファーストクラスにデビューする程の選手になったのです。
 その活躍は目覚ましく、国際クリケット評議会の認定を受けたナショナルチームしか行えない試合形式の代表にもなり、各国で活躍したのです。「ザ・ドン(The Don)」という愛称でも知られるようになった彼は、ほぼ100に近い打率でクリケットの歴史に名を残し、1989年には彼を記念する博物館がオープンしたほどです。そんな本日のロゴは、彼がクリケットをしてい肖像画と、その背後に「Google」のロゴがあるデザインになっています。
| 23:32 | comments(0) |

本日は今日から行われる「アジア競技大会 2018」を記念したロゴデザインでした。


 2018年8月18日は「アジア競技大会 2018」という事でロゴのデザインが変化しました、この「アジア競技大会」は基本はオリンピックと同じ様にスポーツが行われ、それを競う大会です。ソフトテニス、空手道もありますが、他にもカバディ、テコンドー、武術太極拳などオリンピックにはないアジア地域の特色が強い競技が盛り込まれているのが特徴です。元々は1900年代初頭に日本、フィリピン、中国の3か国で大会が行われていたそうですが、それが第二次世界大戦後にインドの国際オリンピック委員会だった人物により「アジア競技連盟」、略して「AGF」が創立され、それからアジアの国々の為の総合競技大会になったそうです。
 主催はアジアオリンピック評議会なので、アジア版オリンピックとも言われているそうで、略称で「アジア大会」とも呼ばれているそうです。そんな本日のロゴデザインは、カラフルなGoogleのロゴを筆頭に、フェンシングやセパ・タクロー、アーチェリーなど大会で行われる種目が幾つか出てくるスライドになっています。個人的に好きなデザインの1つはネットを挟んで高く飛びながらボールを蹴り上げているセパ・タクローです。
| 19:26 | comments(0) |

本日は女性写真家ゲルダ・タロー氏の生誕108周年の記念ロゴデザインでした。


 2018年8月1日は「ゲルダ・タロー 生誕108周年」という事でロゴのデザインが変化しました、タローという名ですが、この人はドイツ出身の女性写真家です。本名はゲルタ・ポポリレといい、ユダヤ系ポーランド人の家系に生まれ、幼少期はスイスの学校に通っていましたが、この頃に台頭してきたナチスに対する反対運動で家族で捕まり、釈放された後はドイツを去ることになります。そして、移住したフランスで、彼女は年下の写真家フリードマン・エンドレ・エルネー氏と出会い、彼に惹かれて助手になることで撮影技術を学ぶことになります。因みに、彼とは公私ともにパートナーの間柄になり、元々は無名だったフリードマン氏は彼女の売り込みで「ロバート・キャパ」という名で有名になり、それに合わせて彼女も「ゲルダ・タロー」という名前を使い始めたそうです。
 この「タロー」という名前はフリードマン氏と親交があった岡本太郎氏に因んだもの、または岡本太郎氏がフランスでは仲間から「タロー」と呼ばれていたのを聞いた、という話もあります。そんな彼女を有名にしたのが、1937年における「スペイン内戦」です、ここで彼女は26歳という若さで世を去りますが、この取材写真が特に有名になったのです。そんな本日のロゴは、フィルムの中で笑いながらカメラを持つ彼女の肖像がデザインされています。
| 19:27 | comments(0) |

本日は「無血革命」に尽力した指揮者クルト・マズア氏の生誕91周年の記念ロゴでした。


 2018年7月18日は「クルト・マズア 生誕 91 周年」という事でロゴのデザインが変化しました、このクルト・アズマ氏とは世界的な指揮者で、生まれたのは旧東ドイツ、あの「ベルリンの壁」が人々の手によって解体される前は政府と市民が武力で対立しないように努めた人物でもあるそうです。父親は電気屋を営んでおり、子供時代は父親の店の手伝いをしていたそうですが、10歳の時に姉の影響でオルガン演奏に興味を持って、そこから教会でレッスンを受ける様になったのです。学生の頃はピアニストを目指していたそうですが、16歳の頃に病気で右手の小指が動かなくなり、その道は閉ざされました。また、第二次世界大戦による徴兵で音楽からも離れることに、それでも戦後は音楽院で作曲や指揮を学んで、卒業後から指揮者としての人生を歩み始めたのです。
 1955年にドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者となり、それから数々のオーケストラの指揮者を任される事になります。日本の「読売日本交響楽団」の名誉指揮者にも就任したことがあり、その名声は文字通り世界各国に知られるようになったのです。また、先にも書いた様にベルリンの壁によって政府と市民が争わなくていいように力を尽くし、この功績は「無血革命」の立役者の1人とされ、ドイツ国民に愛される指揮者でした。そんな彼を記念したロゴは、モノクロながら重厚感があるデザインで、彼の指揮が「Google」を描く様なデザインになっています。
| 19:53 | comments(0) |

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